龍馬・脱藩の道 / 和霊神社




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龍馬・脱藩の道 / 和霊神社



 

ここ上町は龍馬が生まれた町という事もあり、

カメラをぶら下げた観光客グループがガイドさんと一緒に、

龍馬ゆかりの地を、のんびりと歩いて回っているような、

そんな姿をよく見かけます。うちの前も通過していきます。

そんな折、たまに観光スポットを尋ねられるのですが、

その時、僕は決まってこう応えます。

和霊神社には行かれましたか?

すると「えっ、なんですかそこ?」

とほぼ返ってくるので、

龍馬が脱藩する際に立ち寄ったといわれている神社です

と、いつもこんな流れになります。

こないだも同じように聞かれ、そう応えると、

「桂浜は昨日行ったし、はりまや橋も見たけど、

まさかそんな所があったなんて今まで聞いた事もなかった、どこにあるんですか?」

「割かしここからは近いんですが、道が分かり辛いんですよ」

「そうか、だから知らないんだ。そこがいい!せっかく来たからにはそこに行きたい」と。

そうなんです!実は隠れ名所なんですよ!和霊神社!!

僕もながらく高知に住んでいますが、

和霊神社ってホント最近知ったとこなんです。

初めて和霊神社を訪れてみたのが2011年です。

5年前ですよ。

 

 

一応、和霊神社について

 

和霊神社


文久2(1862)年3月23日、脱藩の決意を固めた龍馬は、酒をもって「吉野に花見に行く」と、
この和霊神社に詣で、武運長久を祈願したと伝承される。

昭和60年3月24日龍馬生誕150年記念行事としてここで脱藩祭が行なわれて以来、毎年3月24日、恒例の行事として脱藩祭が行なわれている。

この水谷山(和霊神社のある山)は才谷屋の所有の山で才谷山ともいったという。
神社は宝暦12(1762)年、坂本直益が伊予宇和島から勧請して、才谷屋の守護神としたのにはじまると祠の側面に刻記。

坂本龍馬の脱藩は文久2年(1862年)3月24日
龍馬28歳の時である。
その後、わずか5年後に京都で暗殺され死亡。
慶応3年(1867年)12月10日(満31歳没)

坂本龍馬の遺骨は中岡慎太郎と共に京都霊山護国神社(きょうとりょうぜんごこくじんじゃ)に埋葬されている。

 


 

和霊神社には「龍馬ノート」という

謂わば龍馬先生に向けて書くメッセージ帳

のようなものが置いてあるんですが、

それを読むの楽しいですよ。

 

「龍馬さん、、、道が分かり辛い」

とか

「二度目にしてやっとたどり着けました!もっと分かりやすい地図とかありませんか?」

とか書いてあります。

 

その当時、それなら和霊神社までの

道順をビデオで解説しようじゃない!と

和霊神社への道のりを簡単に説明したビデオを製作、YouTubeにアップしてありますので、

こちらもご活用下さい☆

 

みなさん!どうでしょう、和霊神社。

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